雛祭りの起源、流し雛とは?2016岡山県内の雛祭り行事日程

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こんにちは。ホシ姐です。

今日は春の日本のお祭り行事、「ひな祭りの起源」と「岡山のお雛祭りイベント」についてのお話です。

 

1.ひな祭りの起源

 

日本人の季節行事として親しまれている雛祭り。実はいつ頃から始まったのかはっきりとしておらず、いくつかの起源説があります。

 

中でも最も古いものが、中国の曲水(きょくすい)の宴に端を発する「流し雛」の行事です。

 

曲水の宴は中国の春秋戦国時代に始まり隋唐の時代に貴族や文人の間で流行したもので、3月3日の上巳(じょうし)に郊外や庭苑の水辺に出て、身体の穢れを払い,流水に酒杯を浮かべ、自分の前に流れ着くでに詩をよめなければお酒を飲み干さないといけないという、雅のような体育会系のような(?)行事です。曲水の宴は時代に上巳(じょうし)の節句と呼ばれるようになります。

上巳の節句に行われる曲水の宴は、海を渡って日本に伝わり、日本書紀には第二十三代顕宗天皇が西暦四八五年、旧暦三月二日曲水の宴をされたとの記述があります。

 

「三月上巳後苑に幸して曲水の宴きこしめす」

「公卿大夫・臣・連・国造を集へて宴を為す」

 

つまり、古代日本でも宮中行事として曲水の宴が行われていたのです。

曲水の宴の習わしは長きに渡って受け継がれ、平安時代には貴族の男性たちの年中行事としてすっかり定着しました。そして、この頃から日本独自の行事として変化を見せはじめたと考えられます。

 

流し雛の登場です。

 

枕草子や源氏物語には「ひいな遊び」の記述があります。男女一対の小さな人形を使って遊んでいたのです(雛とは実寸より小さいことを指します)。

これは平安時代の貴族の娘さんたちの間で流行った遊びです。

 

流し雛は殿方たちが上巳の節句に無病息災や邪気払いに曲水の宴を行ったのに習い、女性たちがお酒の代わりに人形を流したのが始まりと考えられています。

昔から人形は、災いを人に代わって背負い、厄を払ってくれるものとされていました。3月3日は季節の節目で、邪気が生じ身体を壊しやすい時です。流し雛は、川から海へ流れ至ることが無事にできたならば、その人形を流した女の子はその年無病息災で過ごすことができるという意味が込められていました。

 

また一方で、男女一対の人形を川に流すことから、流し雛には女性たちの、末長い幸せな結婚に対する願いが込められているとも言われます。

 

「源氏物語」には、光源氏が祓いをして人形(ひとがた)を舟に乗せ、須磨の海へ流すという著述があります。

紫式部も流し雛で遊んでいたのかもしれません。

 

その後、流し雛から様々な形の人形が生まれますが、今に伝わる豪華な雛祭りの形になったのは江戸時代に入ってからです。

最初は内裏雛の背後に屏風を立て、いくつかの調度品を備えただけのシンプルなものでしたが、雛祭りが盛んになるにつれて衣装や調度品も豪華になり、内裏雛以外に人形の数や雛段の数も増えてきます。裕福な商家などでは、豊かさを象徴するかのように部屋いっぱいを雛段で飾るところもあったそうです。雛段の数が増える過程で、三人官女が添えられ、太鼓や笛を奏でる五人囃子も登場します。これらの形式は江戸で発展した雛祭りの形式ですが、上方への憧れを反映しているのか、内裏雛の顔は面長に端正なすっきり顔、左大臣や右大臣を配置して、京都御所の左近の桜、右近の橘を模しています。

 

また、雛人形の飾りとして欠かせないものとして桃の花があります。「灯りをつけましょ、ぼんぼりに〜。お花をあげましょ桃の花〜。」という歌はあまりにも有名ですね。この歌自体は昭和10年に童謡作詞家で作家のサトウハチローが作詞したものですが、雛祭りには昔から桃の花がつきものだったんです。中国の伝説には、桃は不老長寿の実であり、その花は悪魔を祓うと言われてきました。つまり、無病息災と邪気除けの象徴な訳です。これはお雛さまに込められた願いそのものですよね!?

 

…ということで、雛祭りには桃の花を飾るもの、そして3月3日は桃の節句とも言われるようになりました。

これが今の桃の節句、雛祭りの由来で、一番それらしいというか有力説です。

 

 

2.岡山県のお雛祭りイベント日程

さて、ここからは岡山県の雛祭りイベントをご紹介します。

 

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1.陣屋町足守町並み雛めぐり

期間:2016年2月3日(水)~2016年3月31日(木)09:30~16:00

格子戸の美しい平屋作りの日本家屋が立ち並ぶ、歴史のまち足守でお雛めぐりが行われます。
大正期・昭和期の貴重なお雛さまから陶器、組木で作ったお雛さままで、いろんなお雛さまに出会えるお雛めぐりです。

 

交通アクセス:岡山自動車道 総社ICから車で12分
岡山駅から中鉄バス 足守・大井行き「足守プラザ前」下車すぐ

開催場所:足守プラザ・まちなみ館・藤田千年治邸・まちなみ保存地区一帯他(2月3日~3月31日)
近水園・足守藩侍屋敷・足守公民館(2月26日~3月31日)

 

2.勝山のお雛まつり

期間:2016年3月2日(水)~2016年3月6日(日)10:00~16:00

勝山のおひな祭りは毎年地方ニュースでおなじみですよね!このお祭りが始まったのはわずか13年前。「もしよかったら、軒先にお雛様を飾っていただけませんか?」数軒のお宅に声をかけたのがきっかけでした。それが今はなんと160軒にまでスケールアップ!今では勝山を代表するイベントになりました。古くからある商家だけでなく、普通の民家でも、それぞれのお家にあるお雛様を飾ります。

勝山は、美作勝山藩の城下町として、また出雲街道の宿場町として栄えた歴史をもっていて、伝統的な日本家屋が立ち並ぶ「町並み保存地区」はノルタルジックな気分に浸れる散歩コースとしてもおすすめです。お店やカフェ、酒蔵もあるよ。

 

交通アクセス:姫新線中国勝山駅から徒歩3分・米子自動車道久世ICまたは中国自動車道落合ICから車で30分

開催場所:町並み保存地区から新町商店街の約1キロ区間

駐車場:勝山文化センター

 

 

3.第16回備前片上ひなめぐり

期間:2016年3月3日(木)~2016年3月6日(日)10:00~17:00

みどころ:今年で第16回目を数えるこのお祭りでは、メイン会場の片上商店街ふくわらふれあい広場で、珍しい「御殿飾り」のお雛様や段飾りなどを約20セット、300体ほど並べます。また、店先や民家などにも2500体のお雛様が展示されます。

宇佐八幡宮の石階段には、62段に渡って二百数十体のお雛様がずらりと並び、圧巻の一言です。

 

※江戸を中心に発展したお雛様を「段飾り」と呼ぶのに対し、上方で発展したお雛様で以下のようなしつらえのものを「御殿飾り」と言います。

御殿飾りは建物の中に内裏雛を置き、側仕えの官女、庭掃除や煮炊きの役目を果たす三人上戸、 警護にあたる随身(左大臣・右大臣)などの人形を添え飾るものです。明治大正時代から戦後にかけて流行しましたが、今は段飾りに押されて廃れてしまいました。

 

交通アクセス:JR赤穂線西片上駅で下車して数分

開催場所:片上商店街内ふくわらふれあい広場。石段ひな飾りは宇佐八幡宮にて。

駐車場:片上商店街とその近隣に点在。

 

 

 

4.にいみひな祭り

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期間:2016年3月3日~3月6日

御殿町の太池邸を中心に中央商店街・夢市場・御殿町センター一帯を町歩きをしながらお雛様を楽しむことができます。御殿町は初代新見藩主、関氏によって作られた町で、太池邸は近代新見地域の商業の中心的役割を担った商家の一つです。白壁に格子の美しい素敵な建物で、当時の新見地域の繁栄がしのばれます。

太池邸では、関家ゆかりのお雛様を見ることができます。

また三味線横丁にある元料亭松葉」、江戸時代から鉄問屋や造り酒屋を営んだ商家津国屋、元大阪屋旅館なども一般開放されます。

中央商店街のお店も代々伝わるお雛様を展示します。夢市場では3月5日(土)・3月6日(日)の二日間、新見のグルメと特産品の販売などもあります。

 

交通アクセス:岡山駅より特急「やくも」で1時間、新見駅下車。またはJR姫新線にて新見駅下車。3月5日、6日は駅前より無料シャトルバスあり。

自動車で来る場合は、中国自動車道 新見ICより数分。

開催場所: 新見駅前~御殿町周辺地域

駐車場:新見市役所、新見商工会議所、城山駐車場など。

 

3.まとめ

今回はひな祭りの起源と、岡山のひな祭りのイベントについてのお話でした。

ご参考にしていただけたら嬉しいです。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

お雛様の飾り方と、登場するお人形たちの解説→お雛様の飾り方。誰がどこに飾る?期間や人形の役割について

ひな祭りの食べ物のお話→雛祭りの食べ物の由来について。縁起の良いおかずレシピ紹介します

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