節分と豆まきの意味と由来とは?地域によって豆が違う!

この記事は3分で読めます

Pocket
LINEで送る

こんにちは。ホシ姐です。

今回のアイキャッチ画像は、Wikipedia「節分」から引用させていただきました。ありがとうございます。

鬼のようなお面をかぶった人が槍と盾を持っていますね。一体どういう情景なんでしょうか?

後々出て来ますので、お楽しみに。

 

さあ、今回のお題は「節分」です。

 

もくじ

  1. 節分の由来
  2. 豆まきの意味と由来について
  3. 炒り大豆を使用しない地域がある!
  4. まとめ

 

1.節分の由来

2254504492_2cc54da0c5_m

節分とは本来四季を分ける、つまり季節の節目を指し、立春・立夏・立秋・立冬それぞれの前日に、1年に4回あったものでした。しかし、江戸時代以降になると、節分は立春の前日のみを指すようになります。これは寒さが緩み、暖かい季節が始まると言うことで特に尊ばれたためと考えられています。

そして、昔は季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを払うために宮中では節分に悪霊払いの儀式が行われていました。

 

出た!邪気払い(笑)。

 

お正月にも邪気払い、七草粥も邪気払い、とんど焼も邪気払い、節分も邪気払い。昔の日本人は、邪気払いばっかりですなあー。

 

…と思ったところで。ホシ姐はピンと来ました。

 

この邪気って、ひょっとして病気のことなんではないかい?と。

 

試しに、大辞林で調べてみます。

それにによると、邪気とは

①悪意

②病気などを起こす悪い気

③もののけ

を指すそうです。

 

やっぱり!思った通りだ!

 

日本の伝統行事に何かと登場する邪気払いと無病息災はセットだったのです。

 

昔は医療技術が発達していなかったので、健康が人としての幸福であり、何よりの望みだったんですねー。

季節の変わり目は体調を崩しやすいですから、節分に邪気が生じるという発想はとても自然です。

 

そして、邪気は悪い存在、忌むべき存在から生じるという考えが結びついて、節分は鬼を追い払う行事なったのだと思われます。

 

さて、この節分。元々は大晦日の宮中行事だった追儺(ついな)という鬼払いの儀式が原形と言われています。

この儀式は平安時代から行われていた歴史あるもので、概要はこうです。

 

鬼を払う役目を負った方相氏と呼ばれる役人とその部下たち約20人で、宮中の大内裏の中を掛け声をかけつつ歩き回った。

方相氏は朱色の着物に金色の目4つもった面をつけて、矛と楯をもった。

方相氏が大内裏を回るとき、公卿は弓矢をもって方相氏を援護し、殿上人らはでんでん太鼓をふって鬼を払った。

引用元:Wikipedia「節分」

 

ところが9世紀頃になると、本来鬼を追い払う役であったはずの方相氏が鬼役として忌まれ、追い払われることになってしまいます。

この経緯についてはハッキリとは分かりません。ただ、この方相氏の4つ目のお面と朱色の服、という出で立ちが鬼を連想させるような異形であったことは想像できますね!

節分が近くなりスーパーで店頭に並ぶ「節分セット」の鬼も、みんな赤鬼です(笑)。

 

…ということで、アイキャッチ画像のお面をかぶった人の答えは「方相氏」でした。

 

 

2.豆まきの意味と由来について

 

スポンサードリンク

 

追儺(ついな)という鬼払いの儀式に豆まきが加わったのは、方相氏が鬼役になってしまった9世紀、宇多天皇の時代に鞍馬山の鬼が出て暴れまわるのを、炒り豆(大豆)で鬼の目をつぶして退治したという故事伝説が始まりと言われています。

鬼退治に豆を使用した経緯については諸説ありますが、元々豆には「穀物には生命力と魔除けの効果がある」という信仰があったとか、語呂合わせで「魔目」を鬼の目に投げつけて鬼を滅する「魔滅(まめつ)」に通じていたからとか言われています。

いずれにせよ、鬼に豆をぶつけることにより、邪気(病)を追い払い、 一年の無病息災を願うという意味合いがあるようです。

 

3.炒り大豆を使用しない地域がある!

何を隠そう、ホシ姐の実家がそうでした。殻付きの落花生を撒いていましたね。小さい頃の私は、落花生を撒くのが普通だと思っていました。

事実、豆まきに使う豆にはハッキリと地域差があります。

こちらの地図をご覧ください!

 

B8zd0zhCAAA9Dbr-2

引用元:Warakasu

東北・北海道…落花生地域

関東以南…炒り大豆地域

山形…「でん六」特別地域(爆)。

なんなんでしょうね、これは…。

 

 

答えは簡単です。でん六は山形の会社なんです!地元企業を応援するために、山形では豆まきにでん六を使用しているものと思われます。

でも、でん六を撒いたらコーティングされた砂糖が散らばってしまうような気が…という発想は主婦目線ですね、すみません。

落花生が豆まきに参入した時期は定かではありませんが、日本に落花生が入ってきたのが明治以降ということなので、それほど歴史的に古い訳ではなさそうです。豆まきに落花生を使用する理由は単純で、落花生の方が美味しいのと、撒いた豆を食べることから殻付きの方が衛生的と考えられたからです。

 

4.まとめ

節分と豆まきの習わしは同時に出来たのではなく、それぞれ別に端を発し、歴史とともに少しずつ移り変わって、9世紀以降に一緒になったことが分かりました。

年中邪気払いをしている日本人が恐れていた邪気とは、病を引き起こす気であることも分かりました。

昔の人たちにとって健康は有難く、健康こそが人の世の福であると考えられていたのでしょう。

今の私たちは、福という言葉から豊かな生活を連想しますが、昔は違ったんですね。

今年の2月3日は節分の原点である無病息災を願いながら、風邪をひかないように気を引き締める日にしたいと思うホシ姐でした。

 

 

日本三大稲荷、最上稲荷の節分は毎年芸能人が豆まきをするよ。2016年は誰かな?→2016年岡山の節分のイベント情報と交通アクセスについて。

毎年恵方巻は食べますか?→恵方巻は下品な遊び?由来の謎とヒットの裏話に迫る!

sponsored link

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

気に入ったら是非フォローお願いします!

follow us in feedly
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。